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大阪地方裁判所 昭和62年(タ)150号 判決 1988年7月18日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

大山泰生

平田米男

大竹正江

荒木清寛

松波克英

戸田裕三

被告

乙川次郎

右訴訟代理人弁護士

弥吉弥

主文

一  原告が昭和四七年六月一日届出によってした被告に対する認知は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四七年三月ころ、被告の母親である訴外周○○(以下「周」という。)と知り合い、同年五月三一日、中国の方式により婚姻し、昭和四八年四月一三日協議離婚した。

2  台湾戸籍登記簿上、原告は、昭和四七年六月一日、被告を認知した旨の記載がある。

3  しかし、原告と周の婚姻の際、周は既に被告をもうけていたところ、原告は、中国語をあまり良く理解できなかったことから、その意思がないにもかかわらず、被告を認知したことにされてしまい(以下「本件認知」という。)、台湾戸籍登記簿上被告を認知した旨の届出が原告不知の間にされたものである。

4  被告は昭和四五年八月一三日に出生しているが、周が被告を懐胎した当時、原告は台湾に行ったことがなく、また、原告の血液型はB型、周の血液型はO型、被告の血液型はA型であって、これらの点から見ても、被告は原告の子ではあり得ない。

5  被告は、昭和六一年六月一〇日、日本国籍を取得し、原告の戸籍に入籍された。

よって、原告は、被告に対し、本件認知が無効であることの確認を求める。

二  本案前の主張

(一)  日本は、中華民国を独立国家と認めておらず、外交関係がないから、日本の裁判所の判決は、中華民国政府の支配する台湾においてはその効力が及ばない。したがって、原告は、仮に勝訴判決を得たとしても、中華民国の戸籍登記簿に記載された認知の記載を抹消することができない。

(二)  また、原告の戸籍には、原告が被告を認知した旨の記載がないから、仮に原告が勝訴判決を得たとしても、戸籍訂正をすることができない。

よって、本訴は、訴えの利益を欠く不適法なものである。

三  本案前の主張に対する答弁

戸籍上、被告の父欄には原告と記載されており、これは原告の認知を前提とするものであるから、これを抹消することについて訴えの利益が存する。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告と周との婚姻時に既に被告が出生していたことは認め、その余は否認する。

3  同4の事実のうち、被告の生年月日、被告及び周の血液型並びに被告が原告の子でないことは認めるが、その余は不知。

4  同5の事実は認める。

五  抗弁

1  周とその父とは、原告に対し、原告と周との婚姻の条件として、当時一歳八か月であった被告を原告が認知して日本で養育することを求めたところ、原告がこれを承諾したので、周は、原告と婚姻することを決めた。そこで、原告は、周との結婚式の翌日である昭和四七年六月一日、台湾省高雄市の区役所において本件認知の届出をしたものであって、本件認知は原告の真意に基づくものである。

2  中華民国民法は、父子関係についていわゆる意思主義をとり、同法一〇六五条一項は「非嫡出子が生父の撫育を受けたときはこれを認知とみなす。」と規定する。このような意思主義の考え方は中国人である周やその父にとって自然なものであるから、右両名は、原告に対し、周と原告との結婚の条件として原告に被告の認知を頼んだものであって、なんら非難されるべきものではない。

3  原告と周との婚姻関係は、台湾のホテルで数日間をともに暮らしただけで、原告が周を日本に呼び寄せなかったために破綻し、両名は協議離婚した。

4  このように、原告は、周をだまして肉体関係を結ぶ手段として被告を認知したものであり、仮にそうでないとしても、周をだましたのと変わらない。

5  本件のように真実に反する認知がされた場合であっても、現実には他人の子について嫡出子として出生の届出をする例があることや、子のいわゆる幸福追求権の保障を考えれば右認知を一律に当然に無効とすべきではない。

よって、右のような経緯で被告を認知した原告がその認知の無効を主張することは、信義誠実の原則に反し、権利の濫用であって許されない。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、原告が被告を認知することが原告と周との婚姻の条件であったこと、原告と周の父との間において、被告を認知して欲しいとの話があり、原告が被告を日本に連れてくるとの合意があったこと及び本件認知が原告の真意に基づくことは否認し、本件認知の届出がされたことは認め、その余は不知。

2  同3の事実のうち、原告と周とが協議離婚したことは認め、原告が周を日本に呼ばなかったことは否認する。

3  同4の事実は否認する。

4  同5の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一本案前の抗弁について

1  本件は、原告において、台湾の戸籍登記簿上記載のある原告の被告に対する認知の効力を争うものであるところ、認知の方式については、法例八条二項により、行為地法たる外国法に準拠することもできるのであるから、本件認知の行為地である台湾における法令によるべきこととなり、右行為地法は、台湾地域において私生活関係を規律する法規として現に通用している中華民国法であるといわなければならない。

2  <証拠>によれば、本件認知は台湾(中華民国法)の方式に従ってされたものであることが認められるから、本件認知は、わが国においても認知の形式的要件を充すものであることになる。

3  そして、<証拠>によれば、原告の戸籍上、被告が原告の長男として記載されていることが認められる。

そうすると、右戸籍記載を訂正するためには、本件認知が無効であることを確定する必要があることは明らかであり、被告の本案前の抗弁は失当である。

二本案について

1  <証拠>によれば、請求原因1、2の事実(原告と周との婚姻および離婚、戸籍の記載)、同5の事実中、被告が昭和四五年八月一三日に出生したこと及びABO式血液型によれば、原告はB型、被告はA型、周はO型であること並びに被告は周と訴外周××との間の子であって、原告の子ではないことが認められる。

2  ところで、法例一八条一項によれば、子の認知の要件は、父に関しては認知の当時の父の本国法に、子に関しては認知の当時の子の本国法に準拠すべきである。

そこで、父の本国法であるわが国の民法についてみると、同法七八六条によれば、子その他の利害関係人は真実に反する認知の無効確認を求めることができるのであり、血縁上の親子関係が存在しないにもかかわらず認知がされた場合には、血縁上の親子関係を法律上の親子関係たらしめる認知制度の本旨に反するものであるから、認知者自身も右真実に反する認知の無効を主張できると解するのが相当である。そして認知は、当事者の一方の本国法上その実質的要件を欠くために無効である場合には、他方当事者の本国法上の効力のいかんにかかわらず、無効であると解されるところ、原告と被告との間に血縁上の親子関係がないことは前記のとおりであるから、認知の当時の被告の本国法である中華民国民法(準拠法については、前記1及び後記3認定のとおり、被告は、台湾人である周の子であって、その後来日するまで、台湾においてその祖父らとともに生活していたものであるから、台湾地域において私生活関係を規律する法規として現に通用している同法である。)上の本件認知の効力について判断するまでもなく、本件認知は無効である。

3  被告は、原告の本訴請求は信義誠実の原則に反し、権利の濫用であると主張するので、判断する。

<証拠>を総合すれば、前記二1で認定した事実のほか、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告と周とは、昭和四七年三月ころ、周が歌手をしていた台湾高雄市所在の飲食店で知り合い、間もなく原告が周に結婚を申し込んだところ、日本語をほとんど解さない周は、日本語を話すことのできる父親に原告を引き合わせ、原告は、周との結婚について同人と話をした。

(二)  その際、当時一歳半位であった被告の処遇が問題になり、原告は、周と婚姻するとともに、被告を認知して養育することになった。

(三)  このような経緯で、原告と周とは同年五月三一日に婚姻し、その翌日である六月一日、原告が被告を認知した旨の届出がされた。原告と周とは、数日間ホテルに夫婦として宿泊したが、原告は、手続ができ次第周を日本に呼び寄せることとして、先に帰国した。ところが、周が来日しなかったことから、原告と周とは、昭和四八年四月一三日、協議離婚した。

原告は、周と離婚した後も、被告とは戸籍上親子になっていることを認識しており、また、周の父に被告を養育する旨述べたこともあって、周の父に対し、被告のことについては今後も相談に応じる旨の手紙を出した。

(四)  周と被告とはその後来日し、周は昭和六〇年八月一日に訴外乙川春夫と婚姻し、同人と被告とは同年一〇月一八日に養子縁組をした。原告は、その養子縁組にあたって、父として右養子縁組に同意する旨の書面を作成した。

以上の事実を認めることができ、証人周○○の証言及び原告本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができない。

右認定の事実によっては、原告の本訴請求は、いまだ信義誠実の原則に反し、権利の濫用であるということはできないから、被告の抗弁は理由がない。

三以上の次第で、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官裁判長島田禮介 裁判官八木良一 裁判官高橋文清)

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